Month: 7月 2015

「さようなら」は言わない

フランシス・アレンは私をイエスに導いてくれた人ですが、この世を去ってイエスに会う日が近づいてきました。それで、私は彼の家を訪問しました。思い出に残る、意味のある言葉をかけたいと思ったのです。

損失をのり越えて

作家ウィリアム・ジンサーは、大好きだった自分が育った家を見に行った時のことを書いています。妻といっしょに、マンハセット湾とロングアイランド水道を見渡せる丘に登って目にしたのは、残った大きな穴だけでした。その家は取り壊されていたのです。彼らはがっくり肩を落として、近くの防潮堤まで歩きました。ジンサーは湾岸の景色を見つめ、あたりの音に耳を澄ましました。そして、その経験を次のように記しています。「ほんの少しの悲しみだけで、心は平安でした。風景は昔のまま。今でも夢に見るぐらい私の心に深く刻まれた、その独特な陸地と海の輪郭は、少しも失われていませんでした。」

砂漠地帯

乾燥、砂ぼこり、危険。砂漠、それは水分が非常に少なく、人の生活に適さない場所です。その地で生きていくことは困難で、好き好んでそれを選ぶ人はありませんが、別の選択肢がない場合もあります。

荷を軽くする

自転車の牽引力は大したものです。平均的な大人が専用のトレーラーを使うなら、(相当やる気を出す必要はありますが)自転車で130キロ程度の重さの荷物を引っ張り、時速約16キロで進むことができます。唯一の問題は、荷物が重ければ、速度が遅くなることです。260キロ程度の重さの重機や荷物を引っ張る場合は、時速約13キロになってしまいます。

心にある恵み

数年前のことですが、ワシントンの晩餐会で、ピーター・チアレリ陸軍大将(当時、米国陸軍副参謀総長)を給仕係と間違えた大統領顧問がいました。チアレリ副参謀総長がユニフォーム姿で後ろに立っていたので、ウエイターと勘違いして飲み物を頼んだのです。すぐに自分の間違いに気づきましたが、何と恥ずかしいことでしょう。しかし、チアレリ氏は恐縮する彼女のグラスに機嫌良く飲み物を注ぎながら、いつか家族で夕食をしようと優しく誘いました。

平凡な人たち

ギデオンの話、士師記6章は、私を励ましてくれます。ギデオンは平凡な人でした。彼は農夫で、臆病な性格でした。神は、イスラエル人をミデヤン人から救いなさいとギデオンを召されましたが、彼の最初の返答は「ああ、主よ。私にどのようにしてイスラエルを救うことができましょう。ご存じのように、私の分団はマナセのうちで最も弱く、私は父の家で一番若いのです」でした (士6:15)。神は、ご自分がギデオンと共にいるので、命じられたことを成就できると約束されました(16節)。ギデオンの従順はイスラエルに勝利をもたらし、彼は信仰の偉大な勇士のひとりに数えられています(ヘブ11:32)。

ゆっくり歩む

カレブは神経系の病気で、一時は寝たきりになりました。何か月もかけて徐々に回復し、医師から通学許可が出たものの、おぼつかない足取りでそろそろと歩くのがやっとでした。

闇と光

子どものころ、約140軒の家に新聞を配達していましたが、その通りは、墓地の向こう側にありました。そんなわけで、私は早朝3時に家を出て、真っ暗な墓地を通り抜けて、朝刊の配達に向かわなければなりませんでした。恐怖に駆られて走ったこともありました。墓地の反対側の街灯の下に行くまでおびえていましたが、そこに着くと、街灯の明かりが私の恐怖を払いのけてくれました。

わたしのもとに来なさい

イエスはこの世に住まわれた間、御もとに来るようにと、人々を招かれました。今も招いておられます(ヨハ6:35)。では、イエスと父なる神は、私たちに何をくださるのでしょう。